エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

余裕って大事って思った

最近はとにかく忙しい。まだまだ続く。1日40時間ぐらい欲しい。付き合い超悪い。ごめん。いろいろ集中して選ばざるを得ない。でも確実に着実に前に進んでる。

自分の中での「遊び」も作ってる、つもり。playではなくて、余裕とか余白のニュアンスの「遊び」です。ゆるゆるな時間。

がちがちだと力が発揮できません。ゆるゆるでも進みません。がちがちとゆるゆるの振れ幅の分だけ力を発揮できるというのが、スポーツや格闘技の「インパクトの瞬間に力を込める」ってやつ。

漫画っておもろい。

最近読んだ格闘漫画、刃牙シリーズで改めてそう思いました。主人公の刃牙は水のように脱力します。いや、あれはもはや水そのものになってる。そっから攻撃に転ずるととんでもないスピードとパワーになるんです。すげ。

がちがちだけでもだめだし、ゆるゆるだけでもだめ。お互いが存在するからこそ、お互いが高いレベルで行えるようになると思う。二極の両端をやるから、幅が広がる。その幅の分だけ、より高いレベルで行える。全部練習、ほんで体験あるのみ。男女のパートナーシップも同じ感じっぽいな。

でもゆるゆるの時って、罪悪感をわずかながらに感じている自分もおるな。あーなんもしてない。やべ。ってならなくもない。

余裕って大事。

心の余裕。これは現実から生まれる気がする。経済と人間関係。全てがうまく回っていたら、心の余裕もできる。でも心の余裕があるから、現実がうまく回る。どっちが先だ?どっちも。心と現実、どっちも大事だね。バランス、バランス。

無意識に自分に言ってること。

『疲れとんならたまには休め。それが「自分を大事に」ってことじゃろ。余裕がないんなら、何がそうさせとるか考えろ。だいたい経済と人間関係。ほんでその現実に取り組んで、ちゃんと見つめぇ。経済なら数字。人間関係ならちゃんとコミュニケーションする。嫌ならやめとけ。でも「やりたい」のためには、イヤでもやらなきゃいけんことは山ほどあるで。それでも嫌なら、なんかがズレとる。心を見つめてみとけ。現在地は常に把握するように。逃げてもまた同じことになるで。』

無意識に自分に言ってることざっくりいうとこんな感じ。誰にでも通づる気はする。偉そうに聞こえるから、もっとオブラートにね、包んでね。

心と現実を行き来する。そのスパンって毎瞬でもあるし、1日の中でもあるし、一週間、1ヶ月、半年、一年とありとあらゆるスパンでやってる。

偏るのはきっと良くない。心だけだとふわふわするし、絶対現実で問題起こる。あれ?なんでお金ないんだろ?現実だけでも、きっとナニカ見失う。あれ?なんでこれやってんの?

まとめ的な。

ごりごりと現実の経済に取り組みながら、たまにはこうやって表現したり。超絶トライ&エラーをぐるぐる繰り返してる。たまには遊ぶよ。だから、いつもいい感じ。

 

2018年の展望

今年というか常にですが、「マイベストペース」で進みつつ、この「世界」で遊ぶ。
とくに今年は「金と女」もとい経済と異性とのパートナーシップにより取り組んでいきたい。今やっている物販事業をより大きくしていく。うん、まずはこれで稼ぐ。同時進行でパートナーシップやれたらいいね。一人ではできん。あー彼女欲しい。

ヒト、モノ、コトにおいて、自由自在の幅を広げていく。自分と他人。望むもの、やりたいこと。時間、場所、経済。これは常に向かっている、いわゆる目指しているところ。

テーマは継続とバランスと信頼

まずテーマ。抽象的ですよ。一にも継続。二にも継続。頭も心もちゃんと使いながら継続あるのみ。とくに事業のこと。あきらめない。不安とかも感じながら、お金や数字と向き合いながら進めています。順風満帆?なにそれ?んなわきゃないよ。不安だらけ。七転八起、百折不撓。日進月歩が大事。四字熟語っておもしろいね。

そして様々なもののバランスを取ること。自分と他人を信頼すること。今年はいろいろな面でステージアップしていくでしょう。個人事業主から経営者とか、扱う金額の桁が変わるとかね。その中でたくさんの信頼の交換があるでしょうね。自分を信頼する、他人を信頼する。あとは基礎づくり。経済の基盤とか、体力作りとか、自分の在り方とか。土台大事。土台あってその上に家が建つ。樹が大きく育つ。

知る、選ぶ、流す

ヒト、モノ、コト。あらゆることにおいて、「知る、選ぶ、流す」こと。五感と、経験をもって己を知る、世界を知る、大事にしたい人のことを知る、新しい世界を知る、現実を知る、本質やことわりを知る。「そもそも」って問うの割と好き。

知る

無知であることを知る、自分自身のことをもっと知る。この世界を、国とかグローバルな意味ではない、この「世界」を知る。「たぶん世界は、おもしろくするとかではなくて、すでにおもしろいもの」なんだなって思います。それに気づくこと、かな。忘れる時もあるけど。

そしてこの世界において、自分自身のみならず、すべてのことは前にしか進んでいない。そう考えると、何が起きても「進んでいる」だけ。その歩幅とスピードが違うだけ。上も下もないよ。

あとは両極を知る。んーなんだろう、振り子って片方に振れた分だけ反対にも振れて、その分振り幅が広がる仕組み。そんな感じでいろんなことの、なるべく自分の中の「極」を知ることでこの世界での振り幅を広げて幅広くなっていく。片方をたくさん知るから、もう片方の大事さもわかるし、どっちも選べるようにもなる。

それって、時には「有無」を知ることかも。失って気づくありがたみ、みたいな。加糖も無糖も知ることで、砂糖の甘みもコーヒーの味も知れる。どっちも知っている上で好きな方を選ぶ、とかね。ある日は甘いコーヒー。ある日はブラック。

選ぶ

一緒にいて心地よい人とか、心地よい場所とか心地よい状態を選び、何を愛するかを選ぶ。選んでそこに資源やエネルギーを集中させて、大事にする。「選ぶ」ってのは、自分でちゃんと決めるってことだと思うので、いろんな意見とか情報を知った上で、最終的に自分で選ぶ。選ぶ、決めるのは自分。どうなっても、ベスト。出来事は必要・必然・ベストに起きる。

流す

そしていろいろなものを流す。「流す」というよりか「循環」のほうがしっくりくるな。お金とかエネルギーとか人とのあいだで生まれるコミュニケーションとかとか。いろいろな流れの中で循環させていく。循環させながら、らせん状に上昇もしていく。

やりたいこととか

今年もいろんなやりたいことや想いを叶えていくよ。

経済においては、月50万の利益をコンスタンスに生み出し、可能な限りの仕組み化か、自動化をしていき、完全脱サラをする。融資を受けたり、仕入先やジャンル開拓をしたり。今までやったことのないことを繰り返しながら、ステージアップをしていく。ますます忙しくなる。1日40時間くらいほしい。でも遊びたい。

海外旅行したいな。綺麗な海で泳ぐんだ。知らない世界をたくさん見て、聞いて、感じて、たくさん味わいたい。好きな人とだったらどこでもいいけどね。北海道で美味いもの食い漁りたい。てか、美味しいものをたくさん食べたい。持ち物もいろいろ一新したい。体鍛えたいなー、脱サラしたらボクシングしたいな。太ったしなー。

いいかげん恋人ほしいな。とはいえ「欲しそうに見えない」とか「彼女できたら割と早く結婚しそう」とか「こどもいるって言われても違和感ない」とかいろいろ言われるけど。ガツガツしてないからな。ま、運と縁とタイミングでしょ。

オモキチという場所

オモキチっていう場で、住む人にとって心地よい場所であり続けるために、できることをやる。なければ、ただただ「居る」こともありかな。みんなが少しづつでも夢叶っていけばいいんだ。
そしてオモキチに住んでるみんなはほんとに家族のようで、きょうだいのようで、親友のような濃い関係性。そんな人たちと日々、コミュニケーションをしていろいろなものを交換し合う。「オモキチが人生の一つの転機。」そういえる場というか、そう言い合える時間を過ごせるといいな。

まとめ的な

ブログは日記のような感覚もあるので、こういうのを残しておいて、見返したりするとおもしろい。とはいえ、いまここで考えて感じていることや、今の流れもいつどこでどう変わるかはわかんない。だからこの世界って面白い。

だいたいいつもこんな感じ。いつもいい感じ。

前世みてもらった

先日、大阪は心斎橋にある前世を見てくれるという前世喫茶「ローデストン」に行ってきました。前世を3つ前まで見てくれて、紙に名前を書いて渡したらお茶しながら盛り上がっている間に見てくださっていて、結果とか色々教えてくれます。

いわく、前世は魂の記憶であって、今世でやっていることやテーマとなるものは前世でやれなかったこと、やってこなかったこと。それを今世で取り組むのだそうです。そして良くも悪くも、前世の記憶は残っていて今世の性格とか気質とかに影響したりもするそうな。

前世の結果

■81年前のアメリカボストンにて物理学の研究者の男性
■173年前のチベットで仏師の男性
■266年前のトルコにて彫金師の男性

色々言われましたけど、笑えることもあれば笑えないこともあったり。

まず言われたのは「かしこい人」です。おー。うれしいうれしい。「根拠のない自信」を持っている。これ割と当たってます。自制しないとなー。そして基本的に職人気質で一つの道を極めてきている。「根拠のない自信」がないと、極めることってできないんじゃないかなー。だからあってもいいと思いますよ。ね。職人気質ってのは自覚はないけど割と言われます。

お金とは300年間、女性とは200年間関わってこなかった

前世はお金に関わらなかったそう。たぶんお金稼ぎとかしなかったんじゃないかな。必要最低限、みたいな。そして物理学者と仏師は独身だったそうです。だから今世ではこのお金と女性に取り組むようです。わかりやすく乱暴に言うと「金と女に走る」ということかな。いや、ちょっと表現が悪いな。ちゃんとお金に向き合い、稼ぎ、流す、そして女性とのパートナーシップ、すなわち恋人、家族というところに向き合い大切にする。

あれ?今まさにその部分をやるっていう流れに乗っている感じだな。「お金を稼ぐ」をやっていこうとしてるし、恋人欲しいし(みんなそうか)、女性をえこひいきするし、Instagramは美人鑑賞がメインだし(趣味)。

まさに「お金を稼ぐ」に取り組んでいますって伝えたら、お金は「稼ぐ」のではなく「いただく」という視点で捉えたらもっと回ってくる、とのこと。なるほど、「稼ぐ」のは流れているものを掴み取って止めるイメージかも。

他のみんなも割と「今年の総括?」と思えるようなことをズバッと言われたりもしました。全部は説明しきれないですけど、結構「へぇ〜」「たしかに」「なるほどー」ってことも各々多くて、楽しかったですね。

すこしスピリチュアルな言い回しですが、魂がなにか使命ややることを持って地球に降り立って、今の自分の肉体を使って人生をやっているのだとしたら、このオモキチのみんなは割と今年はその本来やるべき、今世で取り組むべき、魂の流れに沿っていくタイミングだったんじゃなかろうか。とか、考えてみたり。

恋愛に関して、どんな流れで言われたか忘れたけど、遊びで恋愛ができないタイプで真面目に向き合うでしょ、と言われました。付き合う人は結婚をどこか意識している。これは割と当たっていますねー。高校生の恋愛の時から、割とその意識がどっかにあります。だからなかなか好きな人できない。でも、求めるものが重いとかではないんですよ。長い目で見てしまうのです。もちろん「いま」も大事。

もう5年くらい恋人いないけど、フリーの身でも遊びで付き合うとか関係持つとかもできないし(やれないしできない)、風俗はそもそも行きたいとあまり思わない。最近少し飛田新地に興味湧いてますけどね。だって男の子だもん。

木の性質

あと、魂の永遠に変わらない陰陽五行の木火土金水の性質があるそうです。「木」といわれました。細かいこと忘れたけど、睡眠が大事、寝たい時に寝るのがいいって言ってたな。寝よう。無理はいかんよ、無理は。睡眠は大事。

まとめ的な

自分を知るツールって色々あるけど、いろんな角度や切り口から「自分」のことを知る時に全部受け入れるでもなく、捨てるでもなくバランスよく受け止めるようにしています。よくいわれることと、あまりいわれないことと、全然ピンとこないことと、結果は色々だと思うのです。一つ確かめる方法があるとしたら、他の人のやつを自分に置き換えてみることですかね。僕はよくやります。星座占いとか血液型占いとかで自分と違うのを見てみるんです。

まぁ信じるも信じないもあなた次第、ってやつだ。

なによりオモキチメンバーで楽しい時間を過ごせたのがよかったのです。

だいたいいつもこんな感じ。いつもいい感じ。

 

本能のままにわがままに〜振り返りと展望〜

今年を振り返ってみると去年にも増して変化変化の年です。めっちゃいろんなことやったわー。

変化しながらも、目指すところは変わりなく、いろいろ雑な形で想いが叶っていたり、なんだかんだ願いが叶っています。すごいな。うん、調子乗りますが、人生を生きるセンスがあるって思っています。「みさわたく」っていう人間は、いい感じに生きていってくれてます。All is well !!

ほんで最近はいい意味で本能的に、わがままに動いてる。インスタはほぼ美人を眺めるためのツールだし、女の子ひいきするし、Facebookあんま見ないし、興味ない人の話聞くためにエネルギーを向けないし、生活のための仕事も適度に適当だし、金稼ぎたいって平気で言うし。大事にしたい人だけ、大事にしたいことだけを大事にする。なんだか心地よい感じ。

「大事にしたいことを大事にする」を徹底しつつ、「大事にしたい人の大事にしていることを大事にする」ももっとやっていけるといいかな。

変わってくこと。変わらずにいること。

人生を変えるのには時間配分と住む場所と付き合う人を変えること、っていいますね。この3つの全てを今年は変えたと思ってる。時間配分に関しては常に変わり続けてるかな。住む場所は名古屋→カミギン島→大阪となかなかの大移動。付き合う人も名古屋にいた時とは変わったな。全部、そのときの環境の中で自分で感じるものに気づき、選んだ結果。

変わらずにいることは、「自分で選ぶ」ということ。そして目指すところが、「自由自在な人生を生きる」であること。時間、お金、人間関係、仕事、場所を選べるようになりたい。その幅を広げていきたい。

住処が変わっていく中で、家族みたいなつながりを感じられる人が増えたのは本当にありがたい。時間とか空間が離れていても、お互いに見守りあってる感じ。再会した時には空白の時がなかったかのように過ごせる。

来年の仕事の見通し。

来年は生活のための仕事をしつつも、早い段階で物販事業で独立をすること。半年以内。早ければ、3月4月とかに。自分の足で立つ。そのためには色々な要素はあるけど、ひとつひとつクリアしていこ。でも軽やかにやりたいなー。心カロヤカ、気持ちハレヤカ、笑顔サワヤカに。

あとねー恋人欲しいです。

ずっと言ってるかも。パートナーシップってのやりたいしイチャイチャとかしたい。なんか「経済的基盤安定したら」ってどうしても考えちゃうんだけど、そもそも「安定」ってなに?って話ですね。それどんな状態で、いつそうなるの??

シェアハウスメンバーのノブがシェアしてくれて「やっぱそうだよね」って感じたことなんですが、稼げるようになってから一緒になる人を探すのもいいけど、まだ稼げていない大変な時も共にしながら、その人のためにも結果を出して一緒にその過程までも共有できている人と一緒になって過ごせるとナンカその方がいいよねって話。

そしてそもそも、「稼げるようになったら」って、それいつ?どんな状態?それを理由に恋愛から逃げてないか?って話。

あとは、もちろん人によるだろうし、いろんな理由もあるんだけど、稼いでからその状態で一緒になるのと、大変な時期も共有できている人と一緒になるのとで比べた時、自分がもし稼げなくなったり、ダメになった時にどっちの人の方がともに支え合いながら生きていけそうなの?って話してたのね。

どっちのほうがより人間としての「みさわたく」を見てくれてるのだろうか?って話。もちろん、これは人によるので、ひとくくりには言えませんが。

恋愛の見通し??

まあ恋愛の見通しはさっぱりわかりませんね。だからこそおもしろいんですけどね。オモキチにたくさんの女性がきてくださるので、出会いという意味ではないわけではなくて。かわいいな、とかきれいだな、とかなんか気になるなとか、色々な要素で「気になる人」ってのはチラチラとはいたりするわけです。その中で、シンプルに「接触回数」とか「登場回数」の多い人に人は惹かれていくわけですね。これ心理学で「単純接触効果」とか言いますね。豆知識。

もちろん会う回数とか多くても、「気がないな」って感じることがあると「気になる人」「惹かれる人」ではなくなることもあります。うん、そりゃあります。

あまり積極的にいけるタイプでもないのですが、行動しないとコトは起こらないわけで。おもしろいことに、オモキチの住民は誰一人として恋人いないのです。誰か一人でも恋人できたら、そのキュンキュンエネルギーに感化されて、みんな恋人できるんじゃね?とか言ってます笑

 

2017年もいろんなことしたけど、だいたいなんかいつもいい感じ。

来年も間違いなくナンカいい感じ、に決まってるな。

だいたいつもこんな感じ。ナンカいい感じ。

「お金を稼ぐ」からいま感じているお金のこと

だれもが欲しいお金。だれもが悩むテーマ。でもなんとなくタブー感もある。僕なりに考えていることをつらつらと綴ります。心の豊かさとお金の豊かさとかね。ちょっと長いよ。

お金を稼ぐのはなんのため?

お金を稼ぐという経験をするため。それを通して得られる知識、体験、経験、感動を味わいたいのです。ふむふむ。

やりたいこと、好きなことをして人生を生きていきたい。自由自在にできる幅をどんどん広げたい。そのためには色々な資源が必要で、お金ももちろんそのうちの一つ。というか、お金はその大きな基礎、土台だと考えています。その土台の上で、様々なバランスをとったり、選ぶということが大切。

よくある言いまわしですけど「お金が全てじゃない。」はその通りだと思っています。でもお金は必要です。少なくとも僕はお金は欲しい。稼ぎたい。そこにいままでより集中する時期があってもいいと思うし、今はその時期だと思っています。不器用まっすぐ。

お金が増えれば、選択肢が増える。お金を理由に諦めることが減る。「お金があれば、もっとこんなことができるのに。」そんな風に考えてしまうことを減らしたい。贅沢をしたいわけでもないし、豪華なとこに住みたいとかいうわけでもない。

たとえば最高級のスイートに泊まりたいとか、飛行機でファーストクラスに乗りたいとか、そういう欲求がないわけじゃない。でも経験もしないで、「そんな贅沢望んでないからいいや。」ってのはすこしだけダサいと思うのです。「一流」とか「本物」とかの良さを体験した上で選ぶのがかっちょええなと。

愛する人を守れるだけの力が欲しい。そのうちの一つが経済力だと思っています。男ってのは好きな人のためにがんばりたいものなのです。ある意味、シンプル。

行きたい!やりたい!欲しい!食べたい!会いたい!とかを実現していきたい。ただただ、その時々で自分から湧いてくる望みに応えられるだけのお金が欲しいのです。できるかぎり自分の望みを叶え続けてあげたいのです。しかもそれは自分のみならず、好きな人の願いも実現してあげたいと思うものなのです。男ってシンプル。ちょっと無茶とかしちゃって「もう。ほんとバカなんだから。」くらい言われたいものです。あ、脱線しました。

もちろんやりたいこと、好きなことをやって「いまを楽しむ」のも大事。なんだけど、どこかで「お金がない」ってなったり、どっか行きたい、これやりたい、ってときに財布を開いて「あ、ちょっと苦しいから控えとこう」っていう我慢は積み重なるとなかなかつらいのです。やりたいことやれない理由ってほぼお金なんじゃないかな。次が時間。そして人間関係。

その我慢で一時的に抑えていても、いつかその望みはまた現れます。パターンですね。やればやるほど望みは叶うし、また新たな望みが湧いてくるという循環があると思っていますので、我慢を重ねていると望みが実現していくスピードは少し遅くなるでしょうね。理想と現実のバランスが大事。お金がないなら働こう。うん。シンプル。

お金が欲しいから

借金返さなきゃいけないし、もっといろんなことしたいし、いろんなもの欲しいし、いずれ結婚するときとかにまとまったお金持っときたいし。

何をやるにしてもお金は必要。なくてもちゃんと楽しめるし、お金がなくても幸せは在る(感じられる)とは思っています。これはフィリピンのカミギン島で生活する中でそう感じることができました。けど、お金がないとできないこともいっぱいあるし、お金があるからこそよりたくさんのことを体験できるのは事実。いろんな幸せを体験できて、多様性や奥行きが生まれるんじゃなかろうか。

お金がいらないって言う人は絶対嘘だと思う。ほどほどでいい、なくてもいいって人も少し無理してるか、自分の欲に気づいてないか知らないだけだと思う。めっちゃ稼いだ人がほどほどでいいっていうのはすごく説得力がありますね。その状態をわかってて選んでいるから。あとは既に持っているか、生み出せる人かな。あるいは突き抜けた、ナニカ悟りを開いたような人。ここまでくるとひとつの才能だと思います。 

そんなお金の稼ぎ方は?

世の中の定義とか、パターンは枚挙にいとまがないのでやりません。ここは僕の話を。

そもそもでいうと、20歳の時から自由とか成功とかを夢見て、派遣社員で色々仕事(ほぼ接客業)を変えつついろんな経験を経て、いつもみていたのは「成功したい!自由になりたい!」というところ。最近は少しだけ表現が変わって「自由自在になりたい!」となったけど、だいたい似てますね。うん。自由自在になりたい。

それだけ接客業やっときながら接客業あんまり好きではないかもしれない。と今は感じています。販売や営業が苦手なのもあるかな。「同じだけ働いても給料一緒なら、いかに手を抜けるか。やらずにいるか。」みたいなことを考えてしまう。なんともなかなか仕事をナメているような考え方をしてしまうのです。

会社の中で正社員になろうとか、認めてもらおうとか、上目指そうとか思わないからかな。そもそもそこにやりがいを求めてないし、生活のために働く、という意識だから余計にか。

「やりがいは探すもの」とか「楽しめるように工夫するもの」という考え方は賛成です。ただ生活のための仕事に関してはほぼ無理。だって基本つまんないからできないもん。うん、ごめん、ちょっと僕にはむずい。

今やっている物販事業は、基本的に人に対して直接自分が販売するっていうことはないので、とても気持ちよく仕事ができるのです。そしてシェアハウスに住んでいるので、人とのコミュニケーションに飢えることはなかなかありませんね。シェアハウス万歳!本当に環境の力というのは大きいものです。ほんとうにありがたい。シェアハウスの家族にはほんと感謝です。そこに訪れる人にもたまに感謝していますよ。

孤独はほんと「孤毒」です。もし、一人暮らしでこの事業をしていたらもっとストレスを感じたり、気持ちが乗らなかったり、はかどらなかったりしてるだろうなって思っています。

お金を稼げる力を付けておきたい

好きなことややりたいことが仕事になってお金がもらえる。確かに最高かもしれませんが、その領域にい続ける人ってひと握りだと思っています。好きなことを仕事にせねば!ってどこかで「やらねば感」が生まれたり、その好きなことがなかなかわからなくて、これかな?これかな?とかやってるうちに余裕がなくなったり、結局どこかで「お金欲しい」っていうお金の匂いがしてしまったり。

好きなこと、やりたいことをお金のためにやりたいとは思えないし、仕事にできるほどのものにしていくイメージはわかない。それを突き詰めた結果、お金がついてくるというのはわからんでもないです。でも、いろんなことに興味が湧きまくって、器用貧乏な僕はその好きなことを仕事にしてお金を稼ぐというのが向いていないかもと思っています。なかなか突き詰めるまでに至らないから。まだ出会えていないだけかもしれない。できたとしてもコンスタンスに継続するよりも単発でぽこっぽこっと稼ぐスタイルのような気がします。知らんけど。

だから自分にできることで、お金を稼いだり、お金が生まれる仕組みを作っておいて、そしてお金の流れの土台を作っておいて、やりたいことをやっていく。の順番が心地よいなと感じているのです。そのための「いまこれ」がせどりという物販事業。

豊かさのお話

お金の豊かさを育ててから、心の豊かさを育てていく。今までは、心の豊かさを育んできましたが、やはりお金の豊かさも育んでこそ、この豊かさの輪がうまく循環するのではないかなと思います。

あとはここに人間関係の豊かさも入るかもしれませんね。「たった一人でいい。自分を心から信頼してくれる人がいたら、孤独じゃない。」そういえる人を大事にしたい。家族、恋人、親友。

とにかく、自由自在にできる幅を広げていきたいのです。それは時間とか、お金とか、人間関係とか、場所とか。理想とするのは、最愛の家族もありながら、家族で行きたい場所、欲しいもの、やりたいこと、とかの望みを実現しまくること。

じっとしていられない性質なので、手相の先生のゆきえさんには「安定!身持ちかたい職業!生涯安定の会社勤め!」って言う相手は無理ですよね?って言われて「はい笑」と即答しました。フットワークを軽くしておきたいんですね。家庭を持ったり恋人ができると、多少は落ち着くと思いますけどね。知らんけど。

まず自分を満たす

世のためにとか社会のために、っていう仕事とか活動をしたいかと言うと、正直今はわからない。いずれ地球のためになるようなことをするのかもしれないし、しないのかもしれない。でもいきなりそのステージに行くことはないし、少しでもイメージがないとたどり着くのも難しいと思います。ふわっとあるのは、自分の在り方が誰かのためになる。それをパートナーシップの分野でやりたい。気がしている。

いずれにしても、「みんなのために」ばかりやろうとしても、自分自身のことを置き去りにしていると、気づいたときには苦しくなる。だから今は自分のために「お金を稼ぐ」という経験をしたい。そして、いずれそのエネルギーの循環というか、輪が広がって、らせん状に上昇して広く高く大きくなって、個から公になっていくとわかっているので、今やりたいこと「いまこれ」をやっているのです。

やっとこさまとめ的なパート

結局は、「いまここ」の「いまこれ」しかやることはできないからやるしかないし、理想と現実をバランスを見ながら進めているつもりです。まずは雇われている仕事を辞めること。そして月40〜50万円の利益をコンスタンスに稼ぐこと。そしていかにして自動化、仕組み化をして手放していく方法を見出してそれに取り組むか。その先はそのときに見える景色から、選べばいいと思っています。

働きたくないから働かなくてもいい状態を作りたいし、見た目そう見えないけど実はお金しっかり稼いでますっていうスタンスがものすごく好きなので、そういう在り方を目指したい。

それらを目指していく中で出会うモノとか出来事とか繋がる人たちとのからみによって、またどんな風に展開するのかも楽しみだし、一つ一つ理想を実現していく中で、その先にどんな景色が見えるのかも楽しみなのです。

今回の記事は長かったですね。ここまで読んでくださった方ありがとうございます。

だいたいいつもいい感じ♪

「何考えてるかわからない」といわれる、その内側。こんな感じ。

よく「何を考えているのかわからない」と言われます。その原因は考えていること、感じていることを「表現する」ことをあんまりしないから。理由はなんとなく感じていて、いま思い浮かぶのはふたつくらい。

ひとつは、めっちゃ頭回転させて考えまくるので、そのまま出すと、方向性もベクトルもばらばらになってしまう。だから表現するのがそもそもめんどいしうまく伝えれない、と思っている。まず「表現する」ことが大事なんだけどね。

もう一つは、そもそも人をなかなか信頼できないし、信頼しない。だから、手の内を明かさない。

今回はこの「信頼」の部分にフォーカスしてみます。なぜならば、最近意図的にエネルギーとか人間関係の選択と集中をすることで、少し見えてきたことがあるから。最近の僕は初対面の人とか、あんまり興味のわかない人には積極的にコミュニケーションをしません。でも女の子はえこひいきするし、気になる人は会話します。何様でしょうね笑。まあ、そんな時期もあるよね。

ひとつの結論として「あ、僕は野生の動物みたいだな。」って思いました。それについてもすこし書きます。

なんで信頼できないのか。

この話は、決して同情して欲しいとか、かわいそうと思って欲しいとかじゃないのです、っていう前提。「信頼していいんだよ」っていう言葉も自分に伝えないといけないのもわかっているし「別に信頼しなくてもいいんだよ」ってのもそう。のでそういう類の言葉が欲しいわけではありません、という前提。

人を信頼してはいけないと思っている自分がいて、それは小学校中学校の時にいじめられていたことが原因じゃないかと思っています。昨日一緒に帰った友達も、今日はいじめに加担してきたり、と思ったら、二人でいるときは割と普通だったり。遊ぶ約束をしたら平気で破られて(行ったらいないとか)、変な理由で言い訳されたり、学校では普通だったり。

「あ、人って信頼したとしても裏切ったり、平気で離れちゃうもんなんだな。じゃ、あんまり信頼しんほうがええか。」ってどこかで思っている。でも「信頼しないほうがいい」ってわざわざ思うのは「本当は信頼したい」の裏返しなんですよね。そして「人を信頼しなければならない」と思っている部分もある。

「人を信頼しなければいけない」ので「信頼したいし、信頼し合いたい」と思っているけど、「裏切ったりされるの辛いから、初めっから信頼しないでおこう。」みたいな。だからといって、全ての人を信頼して、さらけ出すのは疲れるわけです。

本当に信頼できる人はすこしでいい。

「たった一人、あなたを信頼してくれる人がいたら、あなたは孤独じゃない。」こう言える、信頼できる人、さらけ出せる人がほんの数人とはいえ、僕にそういえる大事な人がいるのは本当に幸せだなって思うのです。世に言う、親友とか恋人や家族のような関係性なのかな。

出会う全部の人にさらけ出すのはしんどいので、自分で相手を選んでいいんだなって思えていて、最近の意図的な「選択と集中」のおかげで、表面的なコミュニケーションすらもしんどいときもあります。作り笑顔とかしんどい。うまく笑顔作れないときすらある。興味わかないから、聞くのも聴くのも訊くのもしんどい。あ、聞くのは相手を喋らせておけばいいので楽か。

そもそもの「人を信頼しなければいけない」という前提がどうやら間違っていて、それって無理。できるだけ多くの人と信頼関係を築ければいいけど、まず目の前にいる人を大事にする。大事にしたいと思う人、興味の湧く人を大事にしてコミュニケーションをとる。そして自分を大事にする。よくみて、よくきいて、よく感じる。

深い深いやり取りができるほどさらけ出せる人は、ほんの数人でいいのです。少しづつそう言える人とさらけ出せる領域が増えればいいのです。

野生の動物のこと。

野生の動物って、警戒心が強くないですか?でも、少しづつ少しづつ「この人敵じゃない。信頼できる。」ってのを理解していくと近づいてきて、懐いてきますよね?知らんけど、そんなイメージ。

僕自身いきなり心を開くことはあんまりなくて、でも仲良くなると「そんなキャラだっけ?」っていわれるくらいには心開きます。興味わかない人に近寄られると唸り声をあげます。「興味ないからこないでー」って。ひどい時は、態度や表情とかにあからさまに出ます。で、心の扉をなかなか開かない。楽しそうな人、気になる人には自分からも多少は歩み寄っていきます。ま、タイミングと好みがあるよね。

職場だと、うまく回すためにも愛想とか義理でコミュニケーションは必要ですね。でも今住んでいるオモキチに遊びに来る人とかは、僕自身がとくに気を使いたくないから話したい人がいれば会話に加わるし、興味わかなきゃ喋らない、と自由にやらせてもらってます。自分の状態で変わるときもあるんだけど、オープンな状態の時は割と話するけど、そうじゃない時は部屋にこもったり、イヤホンつけて遮断したり。ま、タイミングと好みがあるよね。

以前も書いたり、時々発信してるんですが、決してやな奴になりたいわけじゃなくて「ごめんなさい。今は集中したいことがあるから、それ以外のことをあんまり大事にできない時期です。」って感じです。やっぱりタイミングと好みがあるよね。

いろいろなチャレンジ、もとい実験をしているのです。

いろんなテーマや課題が見えていることで、そのことに気付きやすくなっていて、その先をどうするのかを選ぶことができるようになってきています。まだまだだけどね。やらなければわからないし、やることでその体験、感動、経験が自分を深掘りしてくれて、新たな気付きをくれて、学ぶことができて、現実になにか芽生えるわけです。

わかりやすく、対極の方向の陰と陽で考えてみますが、あえて、陽の方向に振りきって、また反対の陰の方向に向かっていって、少しづつストレッチをかけていくことで両端のバランスをとりながらその領域をひろげていく。たとえば、「お金に走る⇔心を磨く」「理想を追う⇔現実を見つめる」とかとか。片方だけだとバランスを崩してしまい、現実に何かひずみが現れるんじゃないかなって思います。

だいたいいつもいい感じ。

いろいろ取り組むことで、より人生は楽しくなるし、自分に向き合ったぶんだけ周りの人に向き合えたりするのでそれもまた楽しいのです。
いろいろなことを感じて、考えて、表して、またやって。

だいたいいつもこんな感じ。で、いい感じ。

「今、これ」をはっきりさせると結構心地よいよという話

「いまここ」って概念があると思うのですが、それに似たような言葉、「今はこれに集中するんだ」「今はこれをやりたいんだ」っていう「いまこれ」って言葉が気に入っています。

僕の「今これ」

派遣の仕事。生活を安定させて基盤をつくるため。
物販事業。「お金を稼ぐ」という経験とその先にある自由自在の幅を広げるため。
オモキチという場とそこに住む人たち。今、目の前にいる人を大事にする。ということをやるため。ほか、ごくごく一部の人たちを大事にする。

今の僕はこれだけしか大事にできなくて、いわゆる集中と選択を意図的にしています。その全てのベースに「自分を大事にする」ってのがあります。

そのため、つきあいが悪くなってたり、初対面の人とお互いを知るコミュニケーションをすることを少し手放してます。Facobookもろくに見ないし、投稿もあんまりしないし、連絡の反応も遅いだろうし。でも女の子は大好きなのでひいきしたり。

だからといって、切り捨てるとか無視するということをしたいわけではなくて「ごめんなさい。今はこれに集中したいから、それ以外のことをあんまり大事にできない時期です。」って感覚なんです。だから見守ってくれてると嬉しいと思っています。
なんかね、そんな時期もあっていいんじゃないかなーって。一つの物事を突き詰めて突き抜けるまでやり続けるための集中する時期。

いい人ぶるというか、八方美人というか、元々はそういう性格なんです。「全部大事にしたい。やなやつって思われたくない。」ってめっちゃ考えるんです。でもいろんな方面に「気」を配ったり、「気」を使ったりしてると「気」が散るなーって。

派遣の仕事。

何をやるにしてもね、お金の不安はなるべく減らしたほうがいい。それが足かせとなって前に進むのが大変になるから。週5日、8時間労働は確かに大変だし、やりたいことのための時間は減るけど、その少ない時間だからこそ集中して取り組めるし、生活費稼いどけば余計な心配は減るのです。

たしかに、背水の陣で仕事辞めたりして、やりたいことだけ一本に集中して結果出す人もいるんだろうけど、それって一つの才能でそれができる人って一握りだと思っています。ちなみに「なんかわかんないけどお金入ってくる」系の人も、ひとつの才能だと思ってて、一握りだと思っています。

なんかね「好きなことやりたい!でもお金ない!」って人結構いると思うのです。不安抱えたままだと、見ないようにしてても、ふと現実見つめた時にずしっと重くのしかかる。不安抱えた状態よりも、不安が少ない状態の方がよりいいものを生み出せるんじゃなかろうか。正直ね、「いや、まず普通に働こうよ」って思うこともあります。

それでもなんとかなる人はいいんだろうけど、「お金がない」という理由でなんかを諦めたくない。大きなお金のかかることよりも、とくに日常の些細なことほど諦めたくない。「お金がないから」ご飯我慢とか、お菓子我慢とか、遊ぶの我慢とか。これは積み重なるときつい。

物販事業。

今は、仕事終わった後に夜な夜な、休みの日も時間の限り取り組む形で、コンサルを申し込んで学びながら、試行錯誤しながら少しづつ進めています。一生やるかどうかはしらないよ。でも、「お金を稼ぐ」「お金稼ぎに走る」っていう経験をしたい。月収40〜50万を稼げるように。そのための手段です。

こういう一つ一つの経験が、ずーっと変わらず見続けている「自由自在な人生」への道だとわかっているから。

愛する人を守れるだけの経済力を持ちたい。望みが湧いた時に、できる限りお金を理由に諦めることのないようにしたい。稼げる男でいたい。だって男の子だもん。

僕の住むシェアハウス「オモキチ」

このオモキチのおかげでいろんなものにすでに出会えているし、これからも出会っていく。僕もここに住む家族みんなも、想いや夢が加速して少しづつ実現していっている。だからこの場所を大事にしたい。そして、僕はそんなにたくさんの人を大事にできるほど器用じゃないし、エネルギーもない。

だったら、今、目の前にいる人を大事にする。それが今の僕にとっては「オモキチ」という場に住む家族。カミギン島で2ヶ月一緒に過ごした家族。共に学んだ相棒。あとは自分の周りにいる少しの人たち。

一緒に何かをやる、仕事だったり寝食を共にすること、っていうのはとても深い繋がりを生み出す。その可能性を秘めた目の前の人をとてもとても大事にしたい。

その人たちとのコミュニケーションをより深く、よりたくさんやることで、お互いをより深く知り、その「あいだ」にナニカが生み出されていく。自分が抱えるコミュニケーションのテーマに取り組むこともできるし、自分自身を見つめることもよりできるようになる。

こういう家族のようなつながりがあるってありがたい。なくてもいいかもしれんよ。でもあるとうれしいし、大事にしたい。

変化もいろいろ

本当にここだけに意識やエネルギーとかの資源を集中させていくとおもしろいくらい感覚が変わってきます。

義理とか遠慮とか気遣いをしていた部分を手放したのでいろいろ楽になりました。「あぁ、本当は自分は今のこの状態が心地よくて、今まで少し無理しとったなぁ。」ってな感じです。その手放して空いたスペースができたことで、新しいものに出会ったり、たぶんまた違った形でその手放したものと出会うんだろうなって思います。

あんまり先のことは考えすぎず、今に集中してく。来年どうなってるかもわかんないし、お金を稼いだその先のことはまだわかんないし、でも稼いだ時になんか見えてくるだろうし。その道のりの中でどんどんいろんなことも起きるし。結局、生きている人生の先行きの謎さが、自分自身をワクワクドキドキさせてくれる。

だいたいいつもこんな感じ。いつもいい感じ。

だから人生っておもしろいな。