エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

島根旅行でいろいろ

3泊4日の旅程で真ん中二日はレンタカーでぐるぐる。

さすがに連日100㎞越えドライブでしかも単独で数か所観光地を回るのは疲れた。

でも目的の桜と出雲大社は漫喫。

 

自由を満喫していてもさらなる自由が存在する

先日出雲に旅行をしてきた。愛知県ー島根県という遠方への旅行なので、余裕を持っての3泊4日。ゲストハウスを初めて利用した。出雲旅行をし、ゲストハウスで意気投合した人たちと夜中にドライブをした。翌日自分は愛知県に帰る日だったので、バイバイしたけど、あとの人たちは目的地が途中まで同じなので、翌日ともに出掛けていった。有給をとって旅行して、束の間の「自由」を味わってワクワクしたけど、ほんとうに束の間。もし、急遽もう数日休みが取れたら、時間を気にしなくていい自分だったら、絶対便乗して旅をしてた。便乗した自分を想像して、すごくワクワクしたから。本当の自由はまだ程遠い。
 

人の欲求はやっぱり果てしない

お金を求めれば求めるほど、より欲しくなる。モノを買えば、また違うモノが欲しくなる。物欲は果てしない。モノに限らず、自由を求めても、さらなる自由を求めてしまう。けれど、その欲求があるからこそ、それを原動力として人は成長できることも多い。自分の本音からくる欲求をしっかり感じ取り、流されずにうまくコントロールをすることで果てしなく追い続けてしまうこともなくなるんじゃないだろうか。満足すると成長は止まる。でも足るを知ることもとても大切。バランスだね。
 

そもそも、自分にとって本当の自由とは?

なにを持ってして「自由だー」って思えるんだろう。たぶんお金も時間も気にせず、「やりたい!」って思ったことを「やりたいからやる」と実際にやるまでの時間をいかに縮めるか。そして「やりたいからやる」のを、どんな規模のことであっても数多く実際に体験するか。要するに自己実現をいかに早くたくさんやっていくか。この想いが実現するまでのスピードが縮むほどに、自由を感じる気がする。
「あ、ここ行きたい!よし明日行ける!行こう!」「あ、これ食べたい!来週食べにいこ!」このリズム感というかスピード感。
 

やりたいことをやるのに必要なのは資源

実際には、「やりたいからやる」と考えても、資源すなわちお金、時間、仕事、人間関係、などの何かしらが引っかかってブレーキになる。そのブレーキがあっても、進んでいけるのは無謀か勇敢か。なにもなくても確かにやりたいことをやるのは可能かもしれないけど、資源があった方が選択肢が広がって、よりたくさんのことができると思う。
 
すべてのことには意味がある。