エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

本音で生きていきたい

自分にも。人生にも。

本音で生きるって少し勇気いるわー。
いい人辞めるのって少し勇気いるわー。 

なぜならば、今までやってこなかったから。

そのためには、自分の声、心の声、魂の声をちゃんと聴くこと。
好きな異性のことを想うのと同じぐらい、自分のことを想うこと。

 

■いい人でいたい自分■

つながりをすべて大事にしたい
誘いは全部受けたい
できるだけみんなのこと見ていたい
断ると「申し訳ないな」って思うことは断りたくない
あまりNoといえない
自分の意見通せない
相手に意見できない
周りに「良く」見られたい
嫌われたり、失望されたくない
いい人と思われたい

でも、これって疲れるときあるんだよね。
「本当はこうなんだけど。。。」って抑えてしまったりするのは結局自分に我慢させてる。無理が出てくるのです。

なぜならば、本音の自分とズレがあるから。

そして、相手にも「いい人」というラベルを見せることになり
それは結局自分がそうしているのです。 

あーそんないい人ぶりたい自分。。。ぽいっ。
ちぎりちぎり。。。ぽいっ!

 

■「本音の自分」の研修生■

そう。研修中なのです。

慣れてないから、本音の出し方、出し具合、わがまま具合、適当具合、言葉の選び方、表現の仕方などなど、周りの皆様を不愉快にさせることもあるかもしれない。

それすらも妄想で、実は自分が思っている以上に周りは気にしてないのかもしれない。

ワイ自身に関して、気になる点や、思うところがあれば、発してみてほしい。むしろそうやって本音を聞かせてほしい。ワイ自身も本音を少しづつ、発していけるようになりたい。

発したことで、ぶつかるかもしれない。時には傷つくかもしれない。お互いが。

でもぶつかろうよ。じゃなきゃ擦れ違いもあるよ。
でもぶつかろうよ。そしたらお互い深まるよ。

正直、本音でぶつかれる人というのは限られるし、なかなか、本音を出すのも勇気がいるんだけれども。

そこもまた、研修中なのです(-_-)

 

■魂的には「自由自在に生きていきたい」■ 

ワクワクすることとか、楽しいことと自分が思えることをやって生きていきたい。

なぜやりたいのか。それは言語化できないかもしれない。
なぜやらないのか。それも言語化できないかもしれない。

それは自分を観察しながら、思考・感情・本音のどこから湧いてるのかをしっかり見極めていきたい。

最近湧いている、すこし深い想いとしては
「その人の人生の質が上がったり、ステージアップするようなきっかけを作っていきたい」のです。

究極的には「自分の自由自在な生き方や在り方が事業になる」というのが自分の最高のドリームかもしれないと思う昨今。

たとえば、誰かとの対話が見ている人にとって学びの塊だったり、恋人との会話が聞いてる人にとってパートナーシップのヒントぎっしりだったり、こうやって生きてきたと言う話が勇気を与えたり、今の在り方を作るものを語ればなんかのきっかけになったり。

それらのためにも、たくさんの人やモノ、いろんな自分、さまざまな現実と出会い続け、気づき続け、目の前にいる人と自分を大事にしながら、想いを実現し続ける。

 

徐々に、徐々に自分らしく。