エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

【望むこと:自己対話】

なんというか、自分を見つめ、認め、受け入れ、好きになり、愛する。という感じ。

目に見える現実にしても、目に見えない心などの精神にしても、感じたことをどんどん掘り下げる。

いい悪いのジャッジをしてると、それは頭で止まってしまうので、「なんかいい感じ」「なんかやな感じ」を掘り下げる。とくに「やな感じ」が湧いたときはそのチャンス。

「なんかやな感じだな」
なんでそう思ったの?どう感じたの?どんなところがやなの?本当はなにを感じたかったの? 

「なんかしたくない感じだな」
なんでしたくないと感じたの?ほんとうはなにがしたいの?どうなったらしたいの?その不安の部分がすべてうまくいくとしたらどうしたいの?

たいてい、いやな人というのは自分の見たくないところをその人が見せているから嫌に感じている。心理学ではシャドウというらしい。目の前の人を通して見せてくれている自分の嫌なところを認め、受け入れていく。

たいてい、本当はしたいのになにか不安に感じていることや自分の中で作る勝手な妄想がブロックになり、できない・やらない。何の制約も制限もなくすべてがうまくいくとしたらどうする?と問いかけて、なぜ?をくりかえし、本音を探ってみたりする。

こんな感じですこしづつ掘り下げて「Who am I?(私は何者)」を知っていく。

 そうすると時々「This is Me!(これが私だ!)」というところが出て来る。はず。

■内に向かう■

ベクトルが自分の内に内にと向かっているせいで、他人に対してエネルギーが向きにくくなるのか、ものすごく孤独を感じることもある(笑)

本当はそんなことはないはずだし、今の自分には「なにがあってもあの人は見てくれているな」って人がいる確信はある。だれもが一人では生きれないし、一人で生きてはいない。わたしたちは地球を生きているんだ、って。これは本当に心強い。

だから、自分も自分にとって大事な人を見守り続ける。

ピース小堀さんと惣士郎さん。二人とも同じことを言ってました。

ピースさん「たった一人、あなたを信じてくれる人がいたら、あなたは孤独じゃない。」

惣士郎さん「たった一人、心からつながっている人がいたら、わたしたちは孤独にとらわれることなく生きられる。」

しみじみとこの言葉が染み渡る。

■たくさんのテーマ■

自分を見つめるにあたって、たくさんテーマがあります。どんどんテーマが見つかったり、出てきたりしています。今までしたことのないことをやっているので、まだまだうまくできないけど、アンテナを張り巡らせているので、ものすごいたくさんのメッセージに気付けます。

でも、自分が何者かを知るということは、生きるうえでの本質の部分だと感じているので、今、たくさん取り組んでいるのです。不器用ながらね。

「自分は何者?」の道のりはあっち行ったりこっち行ったりしながら、でもしばらくは続けるでしょう。その過程でたくさんの出来事に出会い、いろんなものに気づき、おそらくはすこしブッとべるでしょうね。

今この瞬間の全ては必要必然ベスト。