エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

意識してみると人間関係がよりよくなるかもしれないこと 続き

誰かの役に立てばいいと思いつつ、自分のためにまとめているのです。

コミュニケーションのテーマ続き。

まだまだたくさんあるなー。

 

その1はこち

buttobi330.hatenablog.com

 

場にただ「居る」

幼少期から難聴があり補聴器をしています。グループでの会話で向こうの方の会話って聞き取れないこと多々あるんです。あとは今の会話の流れが聞こえてなくて、内容もイマイチつかめていない。

そんな時僕はどうするか。

聞こえてるフリをして、周りを観察し、笑うタイミングを合わせて笑ったり、反応を合わせたりします。もしくは他の関係ないところを見たり、他のことをして「そこにいない」「会話に参加していない」という行動をします。他には「なんの話?」と聞いて入ろうとします。

聞こえていないことに対する罪悪感が大きいんですね。「聞こえてなくてごめん」「聞き取れてなくてごめん。」「聞き返してばっかりでごめん」って。すごく自分のことを他人事として言わしてもらうと、会話って全て聞こえていなくてもいいと思うんですよ。そう大したことのない、たわいもない会話ってありますし。

「聞こえてないなら聞こえてないって伝えてもいいんだよ」って、自分に言いたい。これはまだまだ受け入れることが難しいのです。自分自身が思っている以上に聞こえてなくていいし、受け入れてもらっていいし、受け取ってもらっていいんだよ。って自分に声をかけてあげています。

そして聞こえてなくてもいいから、それをごまかそうとするんじゃなくて、ただその「場に居る」という存在でいい。これを受け入れると、場に対してあちこち気が散って忙しい存在の僕に、どっしりした存在感も出るようです。

ただ「場に居る」っていうだけでもいいんだよ。

出過ぎない

コミュニケーションのエネルギーが100あるとして、僕はコミュニケーションの時に聞くのも話すのも120のエネルギーで出ているようなもんなんです。TooMuchなんです。

するとどうなるか。相手は80しか出てこれないし、出せなくなるんですね。

残りの20を相手は出すこともできないし、僕はその部分に出会うことができない。相手は僕とのコミュニケーションに対して、気持ち良さを感じなくなってしまいます。結果、僕が気づかないうちに思っているほど親しくなかったりするし、それに気づいていないんですね。

もう一押しの一言や余計な情報や過剰な説明はいらないし、あれもこれも言わなくていい。例えばお願いする時に相手の心配ではなく信頼をして、極端な表現ですが、「任せたぞ。」の一言でいいのです。得意ではない英語を喋る時のように、シンプルに伝えればいいのです。

うなずいたり、あいづちで聞いていることを表しますが、思っている以上に聞こえてる、聞いてるアクションはいらないし、思っている以上に喋らなくても伝わる話し方もあるんです。

発言の意図に気づく

独り言やふとした発言の時に意識しています。

独り言に関していうと、完全に独り言なのかわかりにくい時が多いのです。僕自身は「どっちでもいいけど、受け取ってくれると嬉しいな。」と思ってつぶやいてしまってます。

それを受け取って欲しいのか、自分だけでいいのか、はっきりとしない中途半端なつぶやき方をするので意図がわからず、相手が困惑する時があります。出すなら出せや、と。それ拾って欲しいんかいな?という感じですね。

独り言を言おうとする自分に気づくことで、「受け取って欲しいのかどうか」を問いかけて、出すか出さないか選ぶようにしています。つぶやいてから気づくこともまだまだ多いです。「あ、いま独り言垂れ流してるわ。」ってな具合です。

ふとした発言に関していうと、主に「聞いて欲しい、見て欲しい、気づいて欲しい、認めて欲しい」という意図があることが多いです。それは大抵の場合、余分な発言なのです。時と場合にもよるとは思いますが、あくまで僕のパターンです。

そういう感じの発言をしようとしている自分に気づくことで、「あ、今発言しようとしているのはなんかのアピールだな。いらん発言だ。」なのか「あ、今言おうとしているこれは相手に情報として必要だから伝えた方がいいな。」なのかという具合に気づいて、選んでいこうとしています。

発言したり、言ってから気づくこともまだまだあります。

まだまだあるような気もしますが

ひとまず最近の意識をしていることを中心にまとめあげました。

自分のテーマについて自分自身で体験を通してそれをどう扱っていくのか、というそのプロセスは、本で読んだり、誰かに聞いたり、調べて学んだりしたどの情報よりも新鮮でリアルですね。そこありきで補助的に本や、人などを通して知識をつけることで本当の知恵になっていくんじゃないのかな、と思います。

「たくテーマ」いろいろ取り扱っていこうと思います。

こうして読んでくれているあなたに役に立つかもしれないですからね。

ありがとうございました。