エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

受け取り下手のコミュニケーション

会話の返しが、「いや、」で始まることが多いなと気づいたのです。友達の指摘と、それ以来そこに意識を張ってみたら、その癖があるな、ってたくさん気づくようになったのです。

自分の考えを述べるターンの時に、まず受け入れることをせずに話し始めてしまう。しかも、どこか変なこだわりのある部分のことだと、強い否定、むしろ拒絶!って感じで返してしまうこともあるのです。あー、感じ悪い。

結果、めっちゃあたりの強い、やな感じのコミュニケーションになってしまいます。ピリッとした空気感になってしまうのです。これではコミュニケーションをとる人との間にナニカは生まれにくい。お互いに気持ちのいいコミュニケーションにはならない。

悪気はないんです。はっきりした意思表明、と思っている節もあります。でも、これに気づかずにそのまま続けていると、自分が損するなーって。それはやだーって思うので、ここは少しずつ、自分に意識を張りながら改善していきたい次第でございます。

否定の返しから始まることに気づくこと。そしてその感情が出ても、まず相手を受け止めること。

なぜ気づいたか。二つの出来事から。

一つは、コミュニケーションのときに「間に置きにいく」のは大事だよね、という話の流れから「まず受けとめる」のが大事って話をしてたのです。まず「うん。そうやね。」って受けとめること。これ大事。僕これ少ない。

もう一つは、とても好きになれない人がいて、初めからなんか信頼できないな、と感じてたのです。信頼できなくなったのは別件の出来事が原因なのですが、その後も、なんでかなーって意識してみたら、会話の時に話を受けとめてくれない。ああ言えば、こう言う、ってタイプ。話す気がなくなってしまいます。

この二つの出来事から、自分が「まず受け止める」ができていないこと。そしてそれをされると実際にやだなーって感じられたこと。これがほぼ同じタイミングで起きたのはとても偶然とは思えないことであり、自分にとって必要なことだなぁと思うのです。

ちなみに、何でもその「まず受けとめる」パターンでおさまると思うのは少し注意が必要だなと思います。なぜなら、「あ、このパターンでやれば、受けとめてる感がでて、自分の話を通しやすくなるって知ってるからこの人はやってるだけだな」っていうときも出てきますので。「狙ってやってるな」って感じ。

受けとめるならちゃんと受けとめる。感情や意見は投げつけずに、「場」や「間」に置く。言葉や仕草、声のトーン、相づちの観察もおもしろいものです。どんなテクニックも使いようです。

感情のマネジメント

そしてこの辺のテーマというのはホント奥が深い。感情を出すこと、表すことの大切さと出し方。そもそも感情を素直に出せない自分とそれによる人間関係構築への影響。自分自身に生まれた感情を大事にして、ちゃんとそこを見つめること。

それを今、取り組んでいること自体が共通の認識となって共にやれる人がすぐそばにいるというのは本当にありがたいことなだと思うのです。そしてこんなことばっかやってると、異様に自分のことに「気づく」レベルが上がっていきますね。

自分のことに取り組めた分だけ、同じことでなにか困っている人の役に立てる可能性もあることを考えると、楽しいものです。