エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

よくやる脳内の自分との会話~セルフコミュニケーション~

行動よりまず考えてしまう人なので、脳内の会話はあーだこーだと騒がしいです。そんなワイは動くときは、結構考え抜いて動いていることが多いのです。それが現実に現れた時、へんなこだわりに見えることもあるでしょうね。「ちゃんと考えた結果(のつもり)だからこれでいく」って感じ。そこにもっと柔軟性と余白を持たせておきたい。「何様なん。無知を知りなさい。」と言ってあげる。

物販事業のこと

日々、こつこつこつこつ。結果も少しずつ出てきて、その結果に対して「ほんとにワイなんかが結果だしていいんかなぁ」とか「ワイなんかがこんな稼いでいいのかなぁ」という謎のブロックが湧いてきながらも進めています。このブロック、おもしろい。月収で行くと多分、月収30〜40くらいにブロックがある感覚。どうなるかって?なぜかこのあたりで落ち着いて、これ以上の収入にはならないのです。

突き抜けて越えよう。だから月収50万を目指してる。「受け取っていいんだよ。」って言ってあげよう。

頭の中は数字がぐるぐるぐるぐる。いくら達成するためには、これだけ仕入れて、一日どれだけ売れて、一日こんだけの利益がでて、この時点でこれだけの利益があって、売上がここで入って支払いをして、と延々と。数字っておもしろい。現実をまざまざと教えてくれる。数字からは逃げるなって誰かが言ってた。お金とか、体重とか、時間とか、ね。

今年のテーマの一つにしている「流す」は「循環」の意味もあると捉えているので、このお金の循環はおもしろい。どれだけ、早く、小さく、たくさん回転させるか。ユダヤ人は「商人は安く買えるあらゆる商品を仕入れ、できるだけ早く小さなマージンで売れ」と学ぶそうな。

脳内自分対話

「うぉー!めっちゃいける!これならいける!」っていう高揚感と歓喜のまじった、テンション高めの自分。いけいけー。

「なにか見落としはないか。数字はどうなっているかな。」という冷静沈着に現実を分析する自分。明鏡止水のような感じなのかな?しーんと、澄んだ感じ。

いけいけー!な自分の時は気をつけないと、浮き足立っていて、自分のパターンでもある「調子にのると失敗する」というのが現れます。そんなパターンがあるんです。調子にのると足もとがふわついて、フワフワしてて、今まで気を張れてたとこに気が回らなくなって、何かを見落としたりする。だからミスがでる。防げたであろうミス。

なんにせよ地に足が着いてないと、ふわふわしててあぶなっかしい。「あ、ふわついてるな」って気づくようにしてる。ミスした時にも「あ、動揺してるな。」って。もちろん、その高揚感とかミスした時のくやしさはちゃんと味わいながらね。いろんなものを味わうためにこの世界で人生過ごしてるんだから。

男性性女性性

男性性、女性性という話をすると、ワイはどうやら小学生くらいの男性性とわりと成熟した女性性の状態。

どんどん進もうとアクセルを踏むワイと、できるだけ慎重に進もうとブレーキを踏むワイ。子供のように無邪気にチャレンジする、たぶんいわゆる男性性のエネルギーを使う部分。これだけでは無茶、無謀になるのでこのエネルギーだけをガンガン使うことの恐れはある。

ので、自分の中にある、まるで母のように見守る、たぶんいわゆる女性性のエネルギー。これを完全に信頼して、この二つのエネルギーをバランスをとりながら進めている。これが自分の中の対話で出てくるキャラクターの元にもなるんだと思う。イケイケなワイと冷静なワイ。突き進むワイと愛で見守るワイ。

そうやって、セルフコミュニケーションをとって、男性性を育んでいるんだろうな。セルフパートナーシップ。子供のような男性性を育み、青年となりやがて父となる。そうなったとき一人の人間として、より成熟した存在になることをなんとなく知ってる。

ちなみに男が男に、女が女になるのは恋人とか夫婦のような男女のパートナーシップがいちばん影響が大きいと思っています。

「どうやったらできるか。」

取り組み続けていると、ありとあらゆる課題が目の前に現れてきます。逃げたり、見ぬふりしたくもなりますが、「あーやだなー」っていう状態も感じながら、なるべく「どうやったらできるか?」を意識。じゃないと進まない。質問一つで、頭の中の会議の方向性は変わるもんです。

まとめ的な

脳内の自分をどう育てるのかって、結構大事だと思う。セルフパートナーシップ。出来事に対してどう反応するかが違ってくるし、当然そのあとに現れる現実が変わるから。全ての起きている現実は出来事の解釈次第。出来事は良いも悪いもなくて、ただただ起きているだけ。

言霊の力ってのはあると思っているから出す言葉には気をつけたい。むずいけど。脳内の対話=思考の癖って染み付いてたりもする。癖ってのはパターンでこれは必ずしも改善必須ではなくて、自分で「あ、パターンだな」って気づけるようになるだけでもだいぶ変わると思うのです。その上で、変えたきゃ変えればいい。

ちなみに「どっちでもいい」っていうのが強いと思っているのです。基本ワイはこのスタンスです。出来事はどう転んでも、なんとでもなるし、なんとかなるし、なんとかする。その中で「ここはこだわりたい」っていうポイントがたまにあるから、そこはこだわってみる。「これは好き!」とか「これはやだ!」とか「これはなんとしてもやりたい!」とか「この人に会いたい!」とかね。

ただ、究極「どっちでもいい」っていうスタンスがどこかにある。全ての出来事は運と縁とタイミング次第なので、自力ではどうしようもないこともあると思うのです。なんとかしようと力み過ぎず、軽やかに。

だいたいいつもいい感じ。