エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

自由ってなんなんじゃろか

やっぱりこうして文字にして、思考回路をスッキリさせることでなんか次に進める気がしてる。進化深化。出して空いて生まれる。ぐるぐる循環。

不思議なもんですよ。「投稿」ってボタンを押した瞬間に「世に放たれた」感覚を得られて、ちゃんと外に出した感に包まれるのです。表現したったわーってね。

体験とかから感じたことや考えたことはなるべく新鮮なうちに出していった方がいいと思っています。感情はナマモノ。新鮮なうちに。

◆ 近況とか ◆

3月から平日昼間の普通の仕事に変わり、変わりゆく環境と心境に少しずつ慣れていってる。

環境が変わればルールも変わり、様々な形を変えて束縛はされるもの。自由度が低いというのか、束縛度が高いといえばいいのか、表現はともかくガチガチなのはとても苦手。

とはいえ、今の会社は月金週5で10時~19時という時間においては拘束されるものの、うちは昼飯の時間はざっくりだし(最高)たばこも好きに行けばいいし(やめなきゃ)、水とお茶は飲み放題だし。たまらん。仕事もめちゃめちゃばたばたしてる感じはない。

中小企業というのもあってか、わりとゆるゆる。束縛度合いが非常に低い。もちろんやるべきことはやるのが大前提だし、信頼されることは大事。仕事だもの。ちゃんとやる。

あぁ、週5で6時間か週4で8時間労働がふつうな世界があればいいのに。

◆ 自由と感じること ◆

自由だなって感じるのは、選択肢がたくさんあるときなのかもしれん。そしてそれらを選べる状態であること。選べるかどうかは時間とかお金とか健康面とか、気持ちとか在り方によって変わると思うし、もちろんどれが正解なんてのもない。

「自由」ということについて考えるきっかけになったのは、今の仕事の通勤方法のこと。このことでかなり「自由って壮大なものばかりではなくて、日常の中でもたくさんあるんだなー。」と感じた。うちから会社まで電車で約35分、歩きで40分ちょい、チャリで20分くらい。今のわいワイはどれでも選べる。

メインに選んだのは歩き。40分くらいならいける。一時間超えるとしんどい。理由はいろいろあるけど、満員電車嫌い。あとマナーの悪い人がたくさん目に付くのがいや。もちろん歩きのデメリットもある。

んで、チャリはちょっとギアの調子悪いし、運動はなるべく取り入れときたいから歩きを選んだ。道を少し変えればいろんな発見ができるし、空の下でマイペースにてくてくてくてく歩いていけるのは結構楽しい。飽きるまではやるでしょう。

選べるんだから、寒い時とか雨の時は電車にするし、自分の状態でどんなふうに通勤してもいい。うん、割と自由。

◆ 束縛の中の自由の範囲 ◆

どのポイントで自由と束縛のバランスをとっていくのか。基本的には自由であるほどいいんだけど、ワイの場合、今は束縛度が多少高くてもいいみたい。その中で自由にできる範囲があって「自由だな」って思えたら。

あと思考の柔軟性も大事。基本土日祝休みなのでどこ行くにしても人多いし、旅や旅行も混むし高いし。一泊二日程度が限界かなーとか思ってたし海外旅行も厳しいなーとか思ってた。

でも「じゃあ今の生活リズムの中でどうやったら楽しめるか。」と考えたのです。そしたら、時間が限られた中であっても、弾丸トリップならできるやん!と気づいたのです。一泊二日とかでプラッとただただ海外とか観光地に散歩しにいく、みたいな。

そこで日常とかけ離れた空気感とかを思いっきり感じられて、楽しめるのならば、別にただブラブラしてカフェでお茶でもしてホテルでのんびり、みたいに過ごす旅でもありじゃなかろうか。

北海道いって海鮮丼食べるだけ!とかフィリピンの海でぼーっとするだけ!とかベトナムの喧騒の中うろうろしてフォー食うだけ!とかラスベガス行ってカジノで遊ぶだけ!とか。うわ、書いてるだけでも結構楽しいぞ。ちなみに全部行ったことある場所です。

台湾でフォトジェニックな写真撮るだけとか、ドイツにソーセージとビールを楽しみに行くだけとか、アフリカのサバンナ体験したりとか、フランスの街を散策したりとか。勿体無いと感じるかもしれんけど、サクッと気軽に行くのは本当にありかもしれない。

そうなると問題はお金くらい、かな。

以前の夜勤勤務のときよりも元気な状態での自由な時間は増えるので、ほかにもやりたいことをやっていくことはできるはずなのです。

そういう楽しみ方を見つける柔軟性。「できないー!イライラ…」よりも「どうやったら楽しめるかなー。ワクワク♪」って感じ。

◆ 理想と現実のバランスをとること ◆

「やりたい!」の理想と「やる必要あり!」の現実のバランスがとれていればストレスになりにくい。理想を追いかけることと現実をちゃんと見ることのどちらにかたよりすぎててもよくない。

理想ばかり追ってるとふとしたときに「お金が…」とかなりやすいし、現実ばかり見ててもふとしたときに「しんどい…」ってなっちゃうから適度に遊んで、やりたいことをやる。いろんな意味で「遊び」は大事。心のゆとり。

大人として現実を見つめながら人生をあゆんで、少年のように理想を追いかけ続ける。ワイの特性とか在り方としての、相反する二極性の中でのバランスのとりかたのお話はまた別で書きたいな。思っていた以上にいろんな事柄でこのバランスの話はつながってたのです。

◆ 今思う、自由とは ◆

そういえば、一時期とはいえ週3勤務と物販業で生活できて、時間の自由度を跳ね上げることができたのはすごくいい体験だった。バランス崩して継続はできなかったものの、自分にとっての理想の通過点をちゃんと体験して実感できたから。

結局のところ自由とは、人によって様々。同じ人でも環境によってその感じ方は変わる。お金とか時間とか仕事とか場所とかいろんな面において、たくさんの選択肢がありつつそれらを選べる状態に在ることは「自由」の一つの定義なのではと思う。

一発逆転!みたいな必殺技はそんなにないし、あっても続かない。じっくりコトコトと。焦らずに理想の人生に近づけますように。

うん、日々いい感じ。