エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

コミュニケーションのオモシロサ

先日落語をみる機会がありまして、落語家の方が、「面白い」という言葉は「笑える面白さ」だけでなく、全部で6つの意味があるとおっしゃっていた。趣があるとか、興味深いとかいろんな意味。その方は、落語を「笑いの面白さ」だけではない「面白さ」を伝えていきたいのだという。

なるほど。そんないろんな意味でコミュニケーションはオモシロイ。そしてすこし怖い。と思った今日このごろです。

◼️ 勝とうとするコミュニケーション  ◼️

自分でやってしまうこともあるんだけど、会話をしていて勝とうとすることがある。張り合う感じ。どうも「勝負」のコミュニケーションをしてしまうと、後味が悪い。ほんでそんな会話をされるとあんまり楽しくない。わかります?

なんというか、シチュエーションと相手にもよるのでなかなかわかりにくいかもしれないんですけど、いらんとこでアドバイスしてきたりとか意見を押し通そうとしてきたりとかなんか張り合ってきたりすんの。

張り合う気持ちはわかるんです。自分も時々それやっちゃうし、自分の身に覚えはあるので。振り返れば、だいたいはすこしイラついたときにやっちゃう。「言われんでもわかっておるわ」とか「お前に言われたくねーよ」とか「なんでわかってくれないの」とか少し感情的になってしまう瞬間にそうなってることが多い気がする。自分の足元がぐらついた時に、プライドとか優位性を保とうとしている。そんな感じ。

受け止める側の感じ方でしょ、と言われればそれまでなんだけども。そう思ってる時点で気づいてない可能性があるし、そう感じさせてしまう時点で知らぬ間に信用を失っているかもしれない。こっわ。気をつけたい。

◼️ 勝ち負けのいく末 ◼️

コミュニケーションっていろんな種類がもちろんあるのだけど、基本的にはちゃんと言葉とか感情とかがお互いにキャッチボールができて成り立つものだと思う。もちろん喋ればいいってもんじゃないし、時には沈黙や間も大事だし、聴くことも訊くことも大事だと思いますよ。

勝とうとするコミュニケーション。張り合ってくるコミュニケーションともいえるな。このコミュニケーションって果たして心は通い合っているのだろうか。少なくとも、「私はこうだから」となかば強制的に押し付けるようになるので、その相手はすっきりしない。相手のことを考えられているのだろうか。お互いが「私はこうだから」のぶつけ合いで、それでもお互いに相手のことを理解しようとして結果的にスッキリできるならいいと思う。

でも、「私はこうだから」ってのをすこし押し付け気味に言った時に相手が「ふーん、そっか。。。」とか「まあそれでいいよ。」とスッて引いた時ってものすごく危険な気がするのです。それって全然よくないです。

感情的にならずに冷静に言ったから大丈夫とかそういう問題ではないのです。勝った(と思っている、もしくはそれすら無意識かもしれない)人はすっきりしてるし、下手すると「わかってくれた」って思ってるかもしれない。でも、相手はたぶん「あ、この人しんどい」って感じてるはずなのです。

このときのコミュニケーションって、相手を従わせたことになっていると思う。そしていくら自分が感情的にならずに言ったと思っていても、相手は気づいてるか、ナニカ感じとっています。

「あ、この人勝とうとしてる。」「この人勝って満足してる。」って。
ほんで「この人はなにを言っても反論してくるし、話を聞いてくれないな。」って。
いくとこまでいくと「もういいや。この人とはあんまり話さんとこ。」って。

これ自分で気づいたことだから書いてるんだけど、「怖い。」と思いました。信用を失っているのかもしれないのです。やっば。

もうこれが、怒りの感情を伴ってこれをやってくる人はほんまにしんどい。でもワイも「だからこうでいってるじゃん!」とか「じゃあもういいよ!」みたいになってることは振り返ってみると、あります。ごめんなさい。最近も身近な人に怒りの感情を乗せたコミュニケーションしてしまったなってのはある。圧を与えてしまった感じ。

◼️ 見出し思いつかない。。。 ◼️

勝ってしまうコミュニケーションってテクニックの一つのようでありながら、とても強引なテクニックで好ましいものではないと思うのです。時には勝負が必要なコミュニケーションもあるでしょう。商談とかディベートとか。でもそれを普通にやっていると、それで損してしまうこともあるなって気がしました。

初対面の人にそんなコミュニケーションはよっぽどできることではないので、信頼関係がすこしできつつあるという捉え方もあるかもしれない。

ちなみに、少なからず相手にぶつけるというか、投げるようなコミュニケーションなので余計に勝ち負け感がでるんです。でも投げるのではなく、感情的にならずに「置く」ような話し方だと勝ち負け感は薄れると思います。分かり合える。

「私はこうだから!」ではなくて「わたしはそれについてはこう思う。」って感じ。話し方伝え方一つで変わるもんです。おもしろい。

◼️ まとめにかかる ◼️

ワイ自身は基本的に、中立中庸の立場でいたいのですが、ときに勝負意識で会話をしている時は相手のことを平等に見れてないんだろうなって感じてます。

誰かと会話した時に、なんだかスーッと気持ちよく終わってないなって感じたときは一人反省会をよくやるんですけど、「勝負しちゃったな。なんでだろ?」って考えるとたいていは相手を平等に見ていないか、もしくは自分に余裕がない。とかとか。

あと思いつきで少し書きますけど、あんまり好かんのは「ごめんね」と「ありがとう」をどことなく「言って終わり。」みたいな「言っとけばいいか。」みたいに感じられるように使うコミュニケーション。「ごめん」っていうなら直すか反省して改善してくれ。「ありがとう」って言うんならもう少しちゃんと言ってくれ。どちらにしても気持ちを込めてくれ。うん、相手に期待しすぎかもしれん。ワイも気をつけよう。

ちなみに「あ、この人勝ちにきてるな。」って感じたときは「ふーん、そっかー…(意味ありげな沈黙)」ってやると相手がなんか感じ取ってくれるような気がします。知らんけど。我慢よくない。

最近は平和主義というよりは調和主義という言葉がおもしろいなって思っています。

そんなこんなだけど、だいたいいつもいい感じ。