エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

人との距離感〜目の前のひとりとかコミュニティ〜

いくらいろんな経験を重ねても苦手なものは苦手。

それを克服することもときには大事だけど、受け入れてうまく使いこなすのもまた大事。

苦手なもんはしゃーない。
できんもんはしゃーない。
じゃあどうやったらうまくそれを扱えるかな?も考えたい。

人間関係はテーマがいっぱい。コミュニケーションは課題がいっぱい。

一生終わらないけど、磨きがいはある。

わたくしめ、まぁまぁなかなか心の底は明かさないのですが。心の内も幅と深さがあるので、どこまでの幅とどれだけの深みまで明かせるかは人による。

思ってることを伝えることは心の内を明かすひとつのやり方だと思うのです。でも、そもそもいいたいこと思ってること伝えること自体が得意じゃないんよね。我慢しちゃう。消えることはなく、自分の中に溜まるだけなのにね。

なんなら「あ、これは自分がまだ未熟だから気になるんだな。もっと人間的に成長して気にならないくらい器がおっきくならねば。まだまだ修行が足りん。」と武士のような心境。

伝えること自体をあまりやれないので、当然伝え方もまだまだ未熟。本音をなかなか言えない性質だし、いざ言うときは伝え方が上手じゃないので誤解も招きかねない。

上手に伝えようとかうまく伝えようとかではなくて、思ったことを感情的にならずに落ち着いて伝えるようにしている。伝えるトーンとかスピードとか、言葉選びとか。難しいものです。

あとは前提を置くことをなるべくやるようにしている。この前提は、一つの本音のカタチだから。

「ケンカを売りたいわけじゃないんよ。」
「別れ話をしたいわけじゃないんよ。向き合いたいから話すね。」
「そんなつもりはないけど嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。ごめんね。」
「嫌われてもいいくらいに思っている。それだけ本気じゃけん。」
「勘違いかもしれないけど、気になるから伝えるね。気に障ったらごめん。」

とはいえなかなかうまくできんもんです。気ぃ使いすぎなんかな。

◆ 気をつかうとこと気をつかわないとこと ◆

先日会社の決算報告会という名の飲み会がありました。決算報告とか社員の挨拶とかわいわいと飲み食べしてて、二次会にカラオケ行ったりしたわけですね。

金曜夜やし疲労も溜まってたし、なかなか元気にはいられなかった。初めは笑ったりノリよく過ごしてたけど、だんだん疲れてきて、それでも気を遣ってしまって「楽しそう」にしてたのです。

カラオケの二次会で帰りたかったけど、少し前に会社のイベントごとの幹事役に任命されているので帰るわけにいかず。歌とか話を振られたけれど、「もう無理。これ以上は気を遣えん。」と思って「すいません、シンプルに疲労で元気ないです〜。」と言えて、みんながどう思ったかは別として、理解はしてくれたようでした。

我が社は大抵こうなると朝までコースなので予定があるということで終電で帰らせてもらいました。

そのとき一緒のタイミングで帰った先輩がいるのですがこの人は絶対残らず帰る。

結婚してるのもあると思うのですが、「だって、おもんないもん。」っておっしゃる。「オールとかしとっても、だんだん何がおもろいかわからんくなってくる。次の日しんどだけじゃし。」とのこと。

なんならこの先輩うちのトップと同じ学校行ってて同級生で何十年の付き合いもある。会社で浮いてるわけでもなくむしろ仲良し。そんな人のこの「おもんないもん。」発言を聞けて心底ホッとしました。

「あ、自由なスタンスでええんか。」と。

気を遣って残る必要もないし、元気な振りする必要もないし、むしろ「終電までには帰るキャラ」になると非常に楽ですね笑

もちろん、楽しくなさそうにするのはさすがに無粋というものです。もう少し気を使いすぎず過ごすこと、そして仕事をしっかりやって信頼を得て認めてもらう。

歓迎されてるからといって、その期待に応えようとしすぎず、自分で自分自身の距離感を調整すればいい。どっちみち今の会社は楽しいし、いい人ばかりなので、どうせなら楽しく心地よく過ごそう。

そう感じました。

◆ コミュニティへの帰属意識 ◆

なんでも気さくに相談や会話ができるいわゆる「風通しのいい職場」のうちの会社。ワイが入る前の社員の人たちは地元が一緒だったり友達だったり以前に同僚だったり兄弟だったり。もともとのつながってる人たちで構成されている。

仲もいいしまさに「ファミリー」って感じ。

それぞれがきちんと役割分担されてて、なぁなぁになりすぎない関係性で会社は大きくなっている。これはほんまにすごいことだなぁと思うんですね。

そこに紹介で入ったとはいえ初めて直接の繋がりのないワイの入社。ありがたいことに、ファミリーとその他、ということはまったく感じず少しずつ打ち解けていってる。ファミリーのような輪に歓迎されるのはありがたく、のびのびと楽しく働かせてもらってる。

ただね、もともとワイはコミュニティに対して「帰属意識」ってのがなくて、それを持てないのか持たないのかは知らんけど。苦手。たぶん帰属意識を持ちたくないタイプ。日々の生活がひとつの狭い社会だけになるのも好まない。

コミュニティに属するのって制限される感があるのです。「このイベント、くるよね?」みたいな。声かかるとかは嬉しいんですよ。でもそこにフワッとある「きてくれる期待」に敏感すぎて、断るのにエネルギーめっちゃ使うんですね。

コミュニティに属するとしても、いつでも出れるし入れる自由がないと息苦しくなる。その自由は自分で選ぶものなのですが「自由でいてもなんの気も使わない」くらいのやわらかさを求めてるのだと思います。わたくし、そんな面倒臭いところも、多いにあるのです。

◆ ひとりとみんな ◆

日々、会社と家の往復。関わるのは会社の人ばかり。さらに会社と家がめっちゃ近い、とかは自分にとって苦痛。たぶんしょっちゅう旅行とか旅をしないと病む笑

狭い輪の中でいると、窮屈さを感じてたまに輪をはみ出して別世界をみたくなるし、「みんなと同じ価値観」とか「みんな同じだね」に染まるのが苦手なのでひとりになりたくなる。

かといって、ひとりで居続けると孤独の世界に陥るし、ひとりでいなけりゃ出会えたはずの、世界が広がるようなおもしろいナニカとの出会いやふれあいがなくなるのも惜しい。

でもこのみんなと一緒にいることと、ひとりの世界に入り込むことは、スパンや程度は様々だけど行き来はやめない。だからときには急にドライな部分がでて「あ、今ひとり期間だから、関わらないで。」くらいに壁を作る。

むしろワイの場合はそれを意図的にやることによって、より進化と深化をしていく、と思ってる。

もっといろんな人と関わりながらいろんな世界を見ながら生きていきたい。地球のことを全部知るのは無理だけど、知ることができない99%知らないことってわかっているからこそたくさんのことを知りたい。無知の知

好奇心が旺盛なのと、変化しなさすぎる日常は飽きやすい性質なのです。

ただね、ワイそこまでめちゃめちゃに人間の輪を広げたいわけじゃない。「おもろいな!」って人と関わっていたい。あとは職場とかで関わりが濃くなっていく人とだけでいい。ただし「おもろいな!」って感じる人だけね笑

そして最近思ったのは、ヒトは嫌いだけど人間は好き。

ヒトってね、要するに何にも知らん関わりのないそこらへんにいる物体。って感じ。
ひどい表現だわ。

それが「人間」になるときって、心がなにかしらの形で触れ合って感情が動いた時じゃないかと思うのです。イベントとかにただ参加しているヒト同士が、会話を通して人間同士の関わりになる、みたいな。

だからヒトはどうでもいいけど、人間は好き。ただし「おもろいな!」って人ね。

◆ しめていこう ◆

人間関係においては、自分をどれだけ確立できるのかによって心地よさは変わりますね。いわゆる「自立」ですかね。まずは相手やコミュニティの信頼を得る。そのうえで向き合う。そして調整していく。

私はどういう人間で、どう在りたいのか。どう関わっておきたいのか。う〜ん。結局、自分を知る、相手を知る、理解共感し合い、歩み寄る。そして自分を大事にする。相手も大事にする。相手の大事なものを大事にする、か。

頭の中にあることと現実世界の人との関わりの中で動く感情がいろいろ化学反応を起こして湧いてきたので書いてみた。頭の整理整頓ですね。ちょっと暇なんだと思う笑。

まだまだ色んなことを考察していきたい。

うんうん、だいたいいつもいい感じ。