エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

自分語り②

スクールを立ち上げるに至った想い 

自分語り①

自分語り②

 

あらゆるものが刺激的。不思議な島とその後

そのフィリピンの離島には約8日間滞在し、ほんとうにいろんなことがあって、とても語りつくせない。
ヒトはもとより、自然、考え方、価値観、奇跡、自分。たくさんの出会いと出来事があった。

「好きなことをやって自分らしく生きてもいいんだよ」総括するとそんな感じ。

 

帰国後、新たな出会いでいっぱいの頭ん中の状態で今までの日常生活に戻ってから、

「ん?」

「なんか違う…」

「なんか違う…」

少しづつ以前とのギャップを感じながらも日々を過ごした。

帰国後プログラム主催者の方の日本縦断の講演があると聞いていた。今まで知らなかった世界とのつながりを保ち続けようと、東京に2回、関西に2回、屋久島のツアーへ参加と、動き回ってみた。今までの自分ではありえない行動力とエネルギーを発揮していた。 

今までは割と目標設定をして動いてきた。一年の目標設定をしたり、切られない限りはその時の仕事を続けていけると思ってたし、2~3年後もイメージしながら生きていた。それを先のことを決めて目標設定するのみならず、流れに乗って展開に任せるようにシフトしだした。

そんな流れに乗る中で、好きなことを仕事にするための
「ドリームワークカレッジ」
というスクールを全国で立ち上げるという情報を聞きつけた。
ピンときつつも、すんごい悩んで、大阪でそのスクールに入学することに決めた。

不動産事業は手段の一つとしては魅力的。でも「自分の好きなこと」ってなんだろうって知りたくなっていた。

かといって、その時点でやりたいことは決まってない。でももっとほかの可能性を見つけてみたい。そんな想いで入学。1回当たり6~7時間。月に2回で全6回。トータル3か月間。
そのスクールでは、自分のやりたいこと探りやその事業の作り方をベースに学んでいける。何か一つだけでいい。心から湧いたもの、自分の好きなことを仕事としてできるようになりたい。最悪その探し方、仕事の仕方のノウハウを学んでおきたい。

そんな想いで入学したものの、2回目の授業で「なんかこれをやってみたい」を一つ見つけることができた。このスクールそのもの。

なんかこれやったほうがいい、と感じたモノ

そう思ったきっかけは忘れたけど「あっこれだ!」と心でピンと感じた。一つ目のドリームワークとしてやると決めた。
自分のチャレンジをすること。惣士郎さんのコミュニティを名古屋で一から広げること。名古屋、愛知、東海で仲間を見つけてつながること。さまざまな想いが湧いてきた。

自分の中で決めてから 、大阪校長のつかささん(フィリピンので同部屋でずーっと過ごした)、東京校長のともさん(フィリピンのプログラムでの運営側でもあり、このスクールの立ち上げを企画した)、スクールの統括のあかねちゃん(フィリピンのプログラムでも統括的立場)に順次意思表明をした。

意思表明の時の胸のザワザワはすごい。不安と期待とワクワクといろんなドキドキ。うれしかったのはみんながみんな、この想いを受け止めてくれたこと。

そして2016年1月に大阪校を卒業した。

自分の居住地である、名古屋でのスクール立ち上げに向かって進んでいる。まずは「スクール」という形で想いを表現し、そしてそれをやり遂げることでまたさらなる道が開けていく予感がある。

この先どう動いていくかは見えてない。今できることを、今やる。

ぐにゃぐにゃ変化する頭の中。上がったり下がったり。広がったり狭まったり。深まったり浅くなったり。

何が正しいとか間違ってるとかはなくて、ただただ等身大の「今、ここにある」その瞬間の頭の中。変化していく頭の中や人生の流れ。ここで書き続けます。

ぶっとべるか、元におさまるか。どのみちサラリーマンは辞めていくつもり。
いろんな道がある中、どんな道のりでやめていくのか自分でもわかんない。

でも、間違いなく始まってる。すべてのことには意味がある。

 

スクールを立ち上げるに至った想い 

自分語り①

自分語り②