エゲツナク、ブットビタイ

無難に生きてきた。もっと自由に生きていいと知った。ぶっとんでみたい。ぶっとぶまでのリアルな軌跡。

自分語り①

すこしばかり自分のことを語ってみます。

スクールを立ち上げるに至った想い 

自分語り①

自分語り②

 

■過去~現在■ 

岡山県倉敷市で生まれ育ち、大学で愛知県名古屋市にきた。大学を卒業してやりたい仕事もなくて、就職せずにフリーターで接客業をやりながら、普通とは違う世界や自由を求め、ネットワークビジネスの世界に入った。


およそ4年間活動してきっぱりやめた。大した成果は出なかったな。
でも後悔は全くしてなくて、得られたものはたくさんあったし、考え方とかもいろいろ。今でも活きるようなためになることもたくさんあった。


その後もいろんな接客業を派遣社員でずーっとやりながら、30歳になる前に腰を据えようと転職した。それは技術職。時間、体力の余裕があったので、すぐに接客業もバイトで再開してダブルワークになった。

基本的に、平日は本業の技術職。土日祝日は複業で接客業。
休みはほとんどないけど、アンマッチなようでどこかクロスする2種類の仕事をやり続けるのは楽しいと感じながら、三年ちょっとダブルワークを続けていた。

昔から夢見た「自由」へのあこがれはどこかずーっと心の中にあり続けた。ありきたりかもしれないけど、時間とお金の自由がほしいとずーっと思っていた。

ダブルワークという手段は、その自由を得る手段になりうる「不動産投資」への資金稼ぎにもなっていた。

10年来の付き合いのある不動産事業の師匠といろいろな話をして、これからの道を決めていた。
約5年かけて資金をため、2019年に不動産事業の扉を開きスタート。年を追うごとに収益を増やしていき、接客業とのダブルワークをやめ、サラリーマンもやめてセミリタイアし、収入と時間の自由の枠をどんどん広げていく。スタートから10年以内には完全リタイアする。そんな道筋。

それまでもできる範囲で好きなことをやりつつ、完全リタイアしてさらに好きなことやってく人生を歩もうと思っていた。好きなときに好きな人と好きなところで好きなだけ自由に遊ぶ。欲しいものを手に入れ、見た目は質素に、だけど「実はいいモノもってます」みたいな人物像を目指していた。

でも今、すこし描いていたものと違う道が見えている。 
大きな転機は2015年の夏。キーパーソンとの出会いはさらに1年ぐらい前だったか。

今の道に至る大きなきっかけとなったヒトとコトについて

そのきっかけとなる人とはバイト先で出会った。ひょんなきっかけで話しかけ、なんとなく話すようになり、「ん?なんかいい意味で普通じゃない人だな」と感じていた。


生き様とか考えは少しおなじ匂いを感じたのかもしれない。でもなかなか探りきれない。今考えれば、そらなかなか人には話せんよね。「気になる人だなー」と思いつつたまに話したりしてたけど、その人はバイト先を辞めていった。

なんとフィリピンに数か月滞在するらしい。

「!?」

そういえば以前10日間くらいフィリピンに行ってた。詳細は聞けなかったけど友達がいるとかなんとか。「一体フィリピンに何があるんだろう?」「この人は何者なんだろう?」「いったいどんな世界を見ていてどんな頭ん中してんだろう?」
めっちゃ気になる。自分なりにゆるやか~につながりを保ち続けた。

そしてある日Facebookに一つの投稿をその人はあげた。
フィリピンの離島で「本当の自分探し」のプログラムがあって、そのスタッフをやる、という内容。心がザワザワッとうごめいた。すぐホームページを見て、内容を見て、「これ行きたい。いや、たぶん行くべきだ!」直感的にそう感じた。

「すべてのことには意味がある」
この信念で生きていて、この人との出会いの意味を一つ見出した気がした。「このための出会いだったんか」


実はその年2015年は、一人旅をしたことなくて一人旅を国内から開始したり、自己啓発的な環境がほしくて本田健さんのセミナーでもいこかなーと考えてたり、久しぶりに海外でワーッと遊びたいなーとか考えていたり、大自然に浸りたいなーとか考えていたタイミング。 

プログラムは現地集合で現地で知ってるのはその人のみ。日本で講演とかしてる人が立ち上げてるし、何か学べる環境もありそうだし、海外で大自然に思いっきり浸れそう。そんな自分のニーズを思いっきり満たしつつ、その人にがっつり絡めるかもしれないということもあった。 

すぐさま行くのを決めて、連絡をして申込んで、翌日には振込みをした。

日程は一ヶ月後で、パスポート作成(期限きれてた)、住民票変更(引っ越しして間もない)、免許書き換え(まだしてなかった)、スーツケースとかの必要な物品や飛行機等々の手配と会社への根回し(長期休みとるため)。

あらゆる準備をしまくった。
そして2015年の8月、フィリピンの離島へ飛んだ。

 

自分語り②

 

スクールを立ち上げるに至った想い